2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧
『インタースコア』を読み終え、門を叩こうと決意する。 さて、毎月はじめのたのしみといえば、本を買うことです。自分に足りてないのは、多読だとおもってから、毎月5000円分の本を購入すると決めて、数ヶ月経ちました。本を読めば読むほど、読んだ本の根に…
6時に起きて、神社で火を焚く。煙が立ち上がり風が吹きはじめる。観客のないなか鎮守の森で静かに祭りがはじまる。 「祭りは、体を清める禊、神迎え、神輿を担ぐ魂振り、行道、神殿での魂鎮め、神送りのあと、一同で共食する直会となる。繰り返し続けていく…
才能を英語の訳で理解しないのが、最近の僕のお気に入り。才能をtalentと置き換えない。 日本では才能というものは「才」と「能」との二つが共に合わさらないとだめだとされていた。「才」は「ざえ」と呼んで、これは人間ではなく、もの(素材)のほうに備わ…
歴史的な一日。朝鮮がもとのひとつにもどった、1910年ぶりに。国際情勢も、日々の食事も同じで、あれがこうやああやと他人が喋っているのをただ聞いているだけではうごかない。結局の所、ひとりひとりが、それに対してどういう意識を持って見るかによるとこ…
朝は少し肌寒く、秋のようだった。ボブ・ディランのWhen I paint my masterpieceを聞く。仕事帰りに、先週汲んできた湧き水のお裾分けに、友人の家へ寄る。晩飯も食べていきなよっとお言葉に甘え、スパゲッティをよばれる。食後にコーヒーを飲み、ピスタチオ…
なにかを手に入れたあとのことも、もっと考えるべきだ。たとえば、情報。インターネットでも、読書でも、人と会っても、どこかへ行っても、手にはいるその情報をどうするか。どう手に入れるかも大事だけどそれだけじゃなく、それをどうするのかをもっと考え…
松岡正剛『インタースコア』の「ちなみに言っておくが、ぼくは不特定多数にまったく関心がない。ぼくが贔屓にするのは、いつだって特定少数なのである。念のために」がずっと頭に残る。 「諸君、諸君が属するコミュニティをもっと痛快にしていきなさい。タン…
よその畑で、仕事をする。話すこと、やること、考えること、全く違う世界に生きている感覚を味わう。よくよく考えなくても分かるのだけど、ぼくたちは当初、全くの他人だ。それがなにを持って、近づき、なにをもって離れ、なにをもって平行線を保つのか。世…
言葉が大事だ。何かをひとに伝えたいとき、言葉の持つ意味が大事だ。言葉の持つ意味は、民族や国によって違う。その民族や国の自然との関わり方によって、言葉は細かかったり、おおざっぱだったりする。伝えたいものがあって、伝えたい表現がないとき、じふ…
ほとんどのひとは、体の調子が悪いときに病院(クリニック)に行く。ということは体に問題が起こってはじめて病院(クリニック)に行くということだ。が、今日ぼくは超健康なのにクリニックに行った。そしてそれが正しいとさえおもった。 体の調子が悪いとき…
まあいろいろある。googleからメールがいっぱいくるとおもいきや、内容を読めば、そういえばヨーロッパ(ドイツのメルケル)はインターネットに壁を作るって言って5月25日からGDPRを施行するし、WHOのアナウンスでもうすぐ世界がガラッと変わりそうな案件が…
30歳になりました。世は歳をとることを嘆き憂いているようにおもう。ことぼくに関しては、歳をとれば取るほど、好きなことがはっきりとしてきて、楽しみなことが増えています。歳をとるのは素晴らしい。 さて、ちょっとこれからのことについて考えようと思う…
松岡正剛『インタースコア』を読む。「知っている」と「知らない」のアイダには、なにがあるのだろうか。「知っているつもり」や「知らないと思い込んでいるだけでほとんどのことを知っている」なんてのは、そのアイダにある。そのアイダに名前をつける。ア…
松岡正剛『インタースコア』を読む。やっと意味を捉えることができたことがある。正剛さんは別の著書で、いい著者は、たとえば井上ひさしとかは、「 Qを想定する」といっていた。いきなりAがあるのではなく、QがあるからAがあらわれる。とすると、いいQさえ…
松岡正剛『インタースコア』を読む。先日まで読んでいたアリスの感覚が、痛いほど分かる。言葉の曖昧さや、言葉の半径が。 ミレニアル世代という言葉がある。「米国で、2000年代に成人あるいは社会人になる世代。1980年代から2000年代初頭までに生まれた人を…
飲んだ翌日は、なにもしない。昼過ぎに起きて、土鍋で作ったリゾットを食べ、砂糖多めのホットチャイを淹れ、ソファに座って、Barakan Beatを聴きながら、本を読む。今日は『鏡の国のアリス』を読み終える。今日は、なにもしない。 いや、ひとつやった。毎年…
京都で飲み会の前に、所用をすませる。数週間前に恵文社に行ったときに、名前を忘れてしまった本を確認する。場所は覚えている。書店のドアを開けて、本が平置きされているテーブルの横を抜け、民俗学の棚、植物の棚、山の棚、本についての棚を 越えて、突き…
『鏡の国のアリス』のつづきを読む。あべこべで、ちんぷんかんぷん。言葉ってそんなもんだろう。「りんご」をおもったとき、赤くて丸いともうかもしれない。じゃあ赤くて丸いものはリンゴかというとトマトかもしれない。言葉は曖昧だ。いたって曖昧だ。曖昧…
アリスが穴に落ちたように、寝落ちする。今日は鏡の世界へ入る。アリスのつづき、つづきのアリス。『鏡の国のアリス』を読む。たまごがたまごだとおもうのはなぜか、寝ているときに夢に出てくるひとは夢がさめたら消えてしまうのか。言葉はちぐはぐで、世界…
『不思議の国のアリス』を読む。ことばの境目。意味の結び目。世界の間、言葉の間、ヒトとの間は至極あいまい。間違いは当然、失敗は必然であって、きれいな成功は依然人気者だけど、間違いや失敗を含んでいるのは歴然としている。成功はきれいじゃない。成…
火を焚く。風はどこからかやってくる。音を連れてやってくる。まっすぐ空に立っていた煙は地を這う。風がこちらにやってきた。 煙はメディアだ。なにかがあちらからこちらにやってくることを知らせるメディアだ。 James BrownのBlimd man can see itを聴きな…
昨日に行った本居宣長記念館で、宣長のメモが印象に残っている。本をたくさん読むこと、読んだ本を分類したり並べ替えたり付け加えたりすること、読んだ本を書き残すことなど。宣長がメモ魔だったから、こうして残された資料を見ることができる。古事記に書…
旧本居宣長邸の二階の四畳の書斎は鈴屋と呼ばれ、そこには、賀茂真淵が亡くなったときに、宣長の詠んだ書が掛けてある。毎年、師の命日に書けるという書だ。二条良基は「一座を張行せんと思はば、まづ時分を選び眺望を尋ぬべし。雪月の時、花木の時、時に随…
朝にスーザン・ソンタグの「キャンプについてのノート」のコムデギャルソンの記事を読む。ここでいうキャンプとは、「感覚の自然なあり方」よりも「不自然なもの、人工的なもの、誇張されたもの」を好む感受性、美的感覚のこと。川久保さんは、人がもつキャ…
昨日に引き続き、あるお宅の支障木の伐採。仕事後、お茶を用意していただいたのでいただく。そこで、家主と喋る。その庭はとても素敵で花が咲き乱れていた。聞くと、これは植えたものでもなんでもなくて、ここらで自然と生えてくる実生の雑木ばかりだという…
昨夜に降った雨で、空気がよく澄んだ。朝の深呼吸が気持ちいい。今日は、ヒストリカルな家の支障木の伐採。いい庭構えの、いい玄関の家はやはり素敵だ。玄関におそらく信楽焼のこげ茶の花瓶があって、そこに桜の枝が二本活けてある。花びらは満開で、山の気…
夜雨が降る。久しい雨は、嬉しい。『日本数奇』を読む。んーっと唸る。付箋が増える。寝つきがいい。グンナイ。
デュアルスタンダードのことについて。京都精華大学の新学長がマリのウスビ・サコさんが就任したというニュースをみた。なんでもサコさんは、空間を研究していて、京都の町屋の打ち水の範囲を調べていた。自分の家の前だけでなくよその家の前にも水をまいて…
読書が進まない。松岡正剛『日本数奇』を読む。読書が進まないのは、決してわるいことではない。早く読めればいいわけではない。読書のスピードを競っているわけでもない。何百回と咀嚼するようにじっくり味わう本だってある。これはそんな本。読んでいるう…
4月に入りました。 あらゆる問題は、広告的になりすぎていることにあるのではないか。 書店に行って買うのが面倒くさいからと、Kindleで買った本がKindleで読むのにフィットしていなかったから、結局、Kindleじゃないムックバージョンを購入した。そこには著…