TOSHI KIDA
ウツロイ
色は匂へど散りぬるを


2月15日

松岡正剛『知の編集術』を読む。本のことを書くときに、本の紹介をするのはおもしろくなくて、自分の体験とその本を読んで考えたことを結びつけるほうが、間違いなくおもしろい。正剛さんの本は、あることの説明を自分お体験を通して語っているからおもしろいということに気づいた。そうのように、ある本を読んで感じたことや考えたことを自分の体験と繋げられたとき、その本はじぶんのものになる。それは、読書に限ったことではない。音楽、旅行先やなんでもそうだ。「わたしの」をすべての名詞の頭に引っ付けたとき、その出来事は自分の手の中にある。その体験や考えを話すこと、誰が正しいというのではなく、あるできごとに対してぼくはこう考えるという会話をぼくは好きなのだろう。そして、その会話の連想が奇想天外なものであるとき、ぼくはあいつやりおる!とこころでスタンディング・オベーションを送る。

 

夜に、インターネットラジオから、Cat PowerのAmazing Graceが流れる。寒さと暖かさの入り混じったこの季節に、Cat Powerのしゃがれた声はなによりやさしい。

2月14日

午後2時の風がとても気持ちのよい日。夜、家の外に出て大きく息を吸い込んだらもう春だった。キセルの夜の名前を聞いていたら、くるりのハローグッバイをいつのまにか口ずさみ、それはいつのまにか、Queenのボヘミアンラプソディーに変わった。Macのキーボードでタイプするくらいの速度の思考で、取るに足らないとおもうほどとても小さくて個人的なものの見方をとても大切にしたいとおもいながら毎日のできごとを綴る。花の蕾はもう寒くならないか様子を伺いながら膨らみはじめました。あたりに漂う空気にはその香りがすこし溶けてきました。少し息を吐いてから、大きく息を吸うと、芳香混じりの空気に胸が高鳴ります。花の蕾がぷくっと張っていく季節。張る季節。春です。寝る前に、小山田咲子さんの『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』を読む。「ある人が、何かを本気でやりたいと思った時、その人以外の誰も、それを制止できる完璧に正当な理由など持ち得ない。そんなのあり得ない。」

2月13日

坂口恭平の『アポロン』を口ずさみながら、仕事をする。ぼくの行くべき方向や読むべき本、耳を傾けるべき音楽、出会うべきひとは、自ずと未来からやってくる、という感覚を今日はっきりと感じた。未来は過去に原因があると思っていたけれど、メンターに時間は未来から過去に流れていると聞いた。

 

先日購入した坂口恭平の『アポロン』のバンドメンバーに寺尾紗穂という名前を見た。先週末に京都の恵文社で本を選んでいたら、寺尾紗穂さんの本があった。YouTubeを聞いてたら、Joni MitchellのA case of youのカバーが流れてきて、歌っていたのが寺尾紗穂さんだった。そこまで、頻繁に目が合うと、Googleで調べてみる。というより。そこまで目が合うまで、サーチエンジンで調べないようにしている。インターネットで容易に調べられるからこそ、ある事象や出会いと自分との関係をインスタントにしたくはない。自分自身で制限をかけなければ、水はダダ漏れになって、情報の海で溺れてしまうような気がする。情報の蛇口は小さいほうがいい。

 

仕事の移動中の車内で、宮本常一さんの『忘れられた日本人』のはなしになる。歴史は教科書や調査書や本に書かれているものだとおもいがちだけど、もちろんそれ以外にもある。文面にあらわれない口伝えのものもそのひとつ。『忘れられた日本人』の土佐源氏はそういう話で、それも歴史や文化の一部なのだ。どっちが正しいかではなく、どちらも現実で歴史なのだ。

 

問題を解決するときに大切なのは、それぞれがその問題を自分ごととして知り、考えることだとおもう。それは、戦争のことも、社会のことも、文化のことも、生活のことも、食べ物のことも、すべてにおいて。まずは、個人で考えること。だからぼくが感じたことを、ここに記していきたい。読者がどれくらいいるのかなんてわからないけれど、果たしているのか?、ここにぼくの現実があって、一部だけど、ああこんな世界も実際にあるのかと感じて、別の世界があることを認知し、自由な考えを持っていてもいいとうことを伝えたい。

 

ずっと前から変わらずぼくの姿勢はこうだ。ぼくにはぼくの手の届く距離のひとにしか手をさしのべられない。だから、その人たちに、ぼくの精一杯尽くそうとおもう。同じように、その人たちもその人たちが手の届く距離のひとに優しくしてくれればいい。Pay it forward. 手を広げても届かないとダメだし、広げすぎると焦点があわなくなってしまう。手の届くひとの一次情報を、直接会って聞いた話を、個人的でひとりよがりな好みや小さな声を、ぼくはなにより大切にしたい。毎日書いているこの記録を読んでくれる変わり者のあなたへ向けて。

 

そうそう、坂口恭平さんと石牟礼道子さんの歌に震えた。

 

soundcloud.com

2月12日

夜に、気づいたら少し寝ていた。起きたら、窓の外で一瞬風が音を立てて吹いていた。寒いけれど、季節の変わり目のような気がする。いつのまにか朝の光は春っぽくなっている。コーヒーをきらしているから、ホットチャイを淹れて、坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』を読む。

 

日常が同じリズムで流れているとおもっているのは、勘違いなのか。文明の利器のおかげで、暇や退屈を手に入れたわれわれは正しい選択をしているのか。暇や退屈に気付かなかったほうが幸せだったのではないか。5分あれあばできること(空をみながらぼーっとしたり、深呼吸をしたり)が、できないくらいわれわれは本当に忙しいのだろうか。余白が想像力を掻き立てるのは、芸術だけでなく、生活の時間もそうなのだとおもう。夜になにもせずぼーっと風の音を聞く。大きく息を吐き、大きく息を吸い、その音に耳を傾けて、春がやってきた。