1月8日

時間のある日々を過ごしていると、ときどきその時間に押し潰されそうになる。朝からの強い雨で仕事は休みであった。

 

そういえば、年末にわが家に来た親友に米を送るのを思い出した。ジップロックに入れた米20合と小泉武夫『発酵食品礼讃』を、詰め込んで、ガムテープで封をした。顔の見える誰かに、無私で奉仕すると、時間の圧力が抜けていくのがわかる。近くのクロネコに行って、宛名を書きながら、じゃあ、その送るものを自分で作ったら、もっと圧力鍋の蒸気がどばっと抜けるようにおもしくなりそうだし、そこにプリントアウトした写真とメッセージを添えれば最高ではないかと、思い浮かぶ。作る、をはじめようとおもう。

 

時間を作る→健康である→本を読み、人と会う→「これだ!」と思ったまだ自分が理解できていないものに飛び込む(いまここ)→自分で作る→ギブする

 

このプロセスが、カウンターでグッドバイブスなのだと考えている。

 

贈り物をクロネコに預けて、帰宅すると、ナタリー・サルトゥー=ラジュ『仮の哲学』が届いていた。パラパラ読む。「借りを返さなくてもよいものだと考えることである」、願わくば、そういう社会を。