8月9日

仕事を終えて、墓参り帰りの父母と合流して、亀山でうなぎをいただく。昨日は兄貴が仕事帰りにふらっと実家に立ち寄る。それだけで、お盆近づいている感じがする。

 

帰宅して、鰻で満たした腹に満足しながら、うとうと小一時間睡眠。師匠の講話を読み、最近ぼくが感じたことを(この場合自分の頭の中でハッとしたこと)うまく言語化していて、さすがだなと思った。意味を考えすぎると意味のないことには手が出せなくなってしまって、結果、わかっていることの中でしか行動できなくなる。だから意味なんて事後報告的に確認すればいいわけで、いまからやろうとすることには、胸のドキドキを基準になんとなく、ある日ふっとなんの前触れもなくやっちゃえばいいんだと。別にその「ふっと思ったときにやる」に、理由も根拠もいらなくって、「なんとなくいいと思ったから」とか「いやあ、いまいち理由は分からへんねんけど、これやるとこれから面白くなりそうやと思ってんな、よう分からんけど」でいいのだと思う。

 

そういえば、私淑する二人の師匠が、本が売れないのは、面白い本が少ないだけで、本自体が面白ければ売れると言った。それならば、出版で不況だと騒いでいるのは、結局は印刷広告が効果的でなくなっている(あるいは、効果が測定し難い)ためで、広告でびっしり埋もれた本が売れていないだけである。ようは、出版社不況であって出版不況ではないのだ。

 

お盆はデトックスしようとおもう。特にデジタルデトックス。ちょうどケータイが超不機嫌で、携帯電話なのに充電し続けていないと、ものの数分でシャットダウンする。もはやケータイではない。タイミングがいいと捉える。

 

夜、フットサルの試合で京都へ。暗闇で、微かな確証のなさそうな声で、僕の名前が呼ばれている気がしたから、ふと振り返ると、大学の後輩だった。お互いに、えっっ!驚いた。どうして気づいたのと聞くと、身長、体格、雰囲気だったそうだ。こんなとこにいるとは思わなかったが、声をかけてみたそうだ。「らしさ」は伝わっている。