8月6日

先週に比べると2、3度気温が下がった。それだけで、こんなに体感できるほどに動けるのだから、地球の自転や、月の潮力や、太陽と地球の距離感の影響は、われわれが思っている以上に大きいのだろう。思考は、わがままで、局所的になりすぎている。もっと大きな枠組みを地とし、その上で動く図を、的確に高速に捉えていかなくてはなと、地球に引っ張られて捻りながら動く体で考える。

 

気温が35度以上あるときには、思っているように体が動かない。そんなときに動いても、効率は悪いし、仕事も雑になるし、疲れもたまりやすい。梅雨明けから、盆が終わるまで、夏休みにして遊びほうける体制を作りたい。小学生だって、数週間の休みがあるのだから大人だってあったってわるくないだろう。

 

夕暮れ時に、プラネタリーブックスの『月』を読む。お月様は満月に向かっている。

 

練習後にチームメイトと話す。「お盆どうするんすか」と聞かれ、「盆踊りへ行くよ」というと、「いまだにそんなんやってんの?」と返答される。自分を忘れる時間を持つことがいいんだよと、答えようと思ったが、そういったところで理解されないのなら、言っても無駄だよなとおもって言うのをやめた。こればっかりは、いかなくちゃわからない。

 

「学び」という営みは、それを学ぶことの意味や実用性ついてまだ知らない状態で、それにもかかわらず、これを学ぶことがいずれ生き延びる上で死活的に重要な役割を果たすことがあるだろうと先駆的に確信することから始まります。(内田樹『日本辺境論』)

 

学んでみなきゃわからないことを学ぶ前に論理づけ動機づけることほど野暮なことはない。飛び込めばいいんだよ。