2月5日

シャッターを開けて、溝に注意しながらバックで脇道へ出ると目の前から太陽の光がさして眩しい。学校の師範代からメッセージが送られている。学校はもうすぐ終わるから、暗示モードに突入。

 

「編集は何に基いて行えば?ヒントは仏教。西洋的な進歩や進化ではなく「変化」を受け入れる仏教的な方法を。」と。

 

「構造主義を提案したレヴィ・ストロースは『悲しき熱帯』や『野生の思考』で、「西洋の知からいったん離れなさい」「なぜなら西洋的な思考には修繕能力(ブリコラージュの能力、すなわち編集能力)がないからだ」と。

 

ふだんの生活や通っていた学校の教育に西洋的な匂いを感じる(あるいはマクルーハンのいうテレビ的なものか)、山で仕事を始めてから(仕事の管理は別として、仕事の考え方や段取りなんかには)、ブリコラージュな匂いを感じている。方法の匂いの違いが明らかにある。都市の思考と自然の思考は、確かに存在するとおもう。いまは自然のアフォーダンスの手すりに沿って思考を走らせている。走らされている。