10月21日

本屋で立ち読みした本は買わないと、立ち読みした本に書いてあった。事実その本は買わなかったのだけど、その本は立ち読みを勧めている。じゃあ本屋で買う本がどんな本かというと、家でゆっくり読みたい本だったり、いまじゃない本なのだ。ぼくが今日買った本は、入店すぐ扉の前の平積みの机で見つけた。さっと目次を眺めこの本買うだろうなと見当をつけ一旦元の机へ戻し、店内をぶらっとしたあと、店を出る前に、さっさっと平台に戻って手に取り、ここではなく、家でしずかに読みたいとおもった本だった。寺尾紗穂『彗星の孤独』を買った。

 

立ち読みした本には、本は読む前が大事だとあった。読書には、読書以前の問題がいつでもつきまとっているという。植草甚一は雨だからミステリーと言ったが、ミステリーを雨の日までに読んでいなければ、雨の日はミステリーなんて絶対に言えない。だから読書の前が大事になる。

 

ぼくは「秘する」に惹かれている。買うと決めているのに一旦元の机に戻したり、合否発表のメールをしばらく開かなかったり、風呂敷に包まれているなにかが気になり、口数の少ない内側に深い考えや想いを秘めているひとに惹かれる。

 

左京区一乗寺の恵文社へ行く前に、朝7時30分過ぎに、東寺の弘法市へ。毎月21日に東寺でひらかれるガラクタ市。境内は店がぎゅうぎゅうに並んでいる。はやい時間の境内はひかくてき落ち着いてぶらぶらできたが、日曜日ということもあいまって、10時過ぎには人が増えてきたので、北海道産のあずきとひよこ豆、目的のサンセベリアを片手に、干し柿をほうばりながら、退散。ガラクタ市おもしろいなあ。ほしいものを手に入れるためには、自分は何が欲しいかわかっていなくちゃ手に入れられない。それが現代の作法の一つ。Googleに「ぼくのすきなことはなに」と聞いても答えてくれないのだから。