1月20日

全体を考えながら、細部を詰める。細部で起こった変化を、全体で網羅する。二つの相反することは対立するのではなく、うまく溶け合い、習合する。二項同体。グランドプランが大事だ。ものの見方を変える。

 

京都で、後輩と飯。彼とは高校入学時に出会って、いまちょうど大学卒業の年になる。出会ってからどれくらいたったかという話をしながら、その間に、ぼく自身のことを自然と振り返っていた。2011年の3月に地震があって、その半年後に東北へ赴き、帰宅して後先考えずにすぐにフィリピン留学を申し込んで、翌年にはフィリピンに英語を学びにいく。4月に入社した会社を5ヶ月でやめ、9月はシンガポールの友達の家で過ごし、帰ってからいまの職場へ。フィリピンでは英語を学びに行き、毎日寝る時間以外はずっと英語を話しつづけ、間違っていても気にせず英語を話す(伝わればいい)とおもえる勇気のような自信のようなものを得て帰国。フィリピンで英語の授業中にやったことは、ただひとつ。問答だった。先生が質問をする。それに対して、ぼくが答える。すると、先生は必ずwhy?と聞き返す。ぼくはbecauseと説明をする。その問答を繰り返し、ぼくは一体何者なんだろうかという謎を引きずったまま日本へ帰宅。思いついたことをやってみる、興味のあるところへ行ってみる、やってみて好きか嫌いかを判断していくことをつづけた。時間を作って、自分とは何者なのかを考えはじめた。なんとなく自分の好きなことがわかってきた。そうしたら、どうでもいいことを気にしなくなった。あるとき、メンターから「最もいい投資は、自己投資」「知識は腐らない」と聞いた。そのとき、「日本人とは何か」と別のメンターからも聞いた。ぼくはぼくの好きなことをわかろうとしはじめているけれど、日本で生まれて日本で暮らしているぼくは日本のこと(あるいは、世界のこと)を、知っているとおもって生きてきた。けれど、神社のことをうまく説明できないし、古事記を読んでいないし、アマテラスや伊勢神宮の関係なんてさっぱりだし、平安時代まで日本は文字を持っていなかったのを知らなかったし、善悪の概念はゾロアスターによるものなんてわからないし、中東の問題もアフリカの分割もイスラエルのことも、明治昭和の日本も、なにも知らないことに気がついた。ぼくはなにも知らないことにき気づき、知らないことは知らないから知っている人に聞こうとおもった。それから、ぼくは日本について(世界について)知る時間を取るにはいましかないとおもい、この数年は多読を自分に求めた。そして、昨日読み終わった本をもって、ああ、この3冊を読めばいいなというものがわかった。(読書は続くし、もっと読んでいく必要はもちろんある)それで、そろそろ、重い腰もあげなけりゃとおもっている。(これから多読を続けるけれど)いまおもっていることを記しておく。ものごとをみるときには、そのことだけでなく、その背景とセットでみなければいけないこと。どうやらぼくはその出来事がどのようにそうなっていったのかという方法を見るのが好きなようだ。その見方で日本を見たい。そのひとつは連想。訪れは、音連れである。そうやっていままで見ていたものを見ていくと、同じものなのに新たなものが顔を表すときがある。なにかを発見したときになんとも不思議な感じを味わえるが、ぼくはこの瞬間がたまらなく好きだ。さてさて、やりたいことが出てきたのでそれも記しておく。能を見にいく(世阿弥の複式夢幻能夢幻能)、人形浄瑠璃を見にいく(日本乞師を近松はどのように描いたのか)、遊ぶ(Stubenと辻まことの影響)、日本の地下を流れる文化の方法をちがう現代的なものに当てはめる、体を軽くして行きたい場所へ自ら出向く。

 

さてさて、ずっと信じていることをひとつ。自分が何かに向かっているとき、追い風のように、自然と背中を押してくれるような出来事はたしかに存在する。縁と呼んだり、量子力学で解析さているようだから、それって、確かに起こりうる現象なのだろう。「うぉおぉと」唸るような本やアイデア、変な人との出会いは、必然なのでしょう。