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3月24日

春らしさとは、桜や梅などこの時期に咲くはずの花が咲き乱れる感覚だとおもっていたけど、朝起きて、一週間分の食材を仕入れに向かう道中に、田圃の畦が緑に変化しているのを見て、「これだ」と思った。

 

いつもの店でいつものように野菜を買う。行為は変わらないのに、カゴの中は移ろいでいる。キャベツはやわらかい春キャベツに変わり、大好きな菜の花は終盤を迎え、ブロッコリーは絶好調だった。買い物を終えて、ひさしぶりにお気に入りの沸き水を汲みに鈴鹿の山へ向かう。その途中で廃校の小学校を利用した道の駅で、たらの芽を発見して、あがる。天ぷらだな。苦味がたまらない。伝説の政所茶も仕入れて帰路に出る。BGMはKhruangbin。タッタッタラ~、タッタッタラ〜。最高です。

 

近江と鈴鹿を隔てる山を越えて(トンネルと突っ切って)ドライブしていると、東京の友から、今日予定されていた講演(もし東京に住んでいたら行っていたであろう)のチケットをゲットしたという連絡があった。持つべきものは友だ、ちょっと変わった友だなと思いながら、しっかり聞いてシェアを頼んだ。

 

師匠より 

世の中で何かを考えたり、発想したりするときには、三上を変えてみるこ とだというのです。三上というのは「枕上」(ちんじょう)、「厠上」(し じょう)、「鞍上」(あんじょう)のことです。まずは「枕上」でいろいろ思いめぐらす。ベッドに入ってあれこれ思案しなさいというんですね。次にトイレに入ったら、またあれこれ思案してみるといい。これが「厠上」です。けれどもそれでもまだあまりいい発想が浮かばないなら、いっそ自分のスピードが変化するのに合わせて考えたらどうか。これが馬の鞍に乗ったら一気に考えろという「鞍上」です。

 

現代の鞍上といえば、車だろう。シャツの一番上のボタンを外して、車の窓を半分開け外のゆるい空気を車内に入れ込みながら、移ろいで行く車窓をよそ見しながら運転して行くと、春自体がアフォーダンスであり、今年にやろうとおもっていることが、畔の野草のようにどこからかまわず一気に顔を出す。上半期はしっかり読書をし、下半期は楽しい多忙へと身を置こうと思っている。