1月14日

風なし、雲なし、ばっちり、いい天気、すれ違う車はどれも他府県な祝日の朝。

仕事に精を出し帰ってくると、疲れから数分のつもりの仮眠が数時間のマジ寝。それでも、稽古をすすめる。

師範代から差し入れ。石坂泰三についての校長の言葉。「こういう理由がある。石坂は勉強量が人並ではなかった。そしてこの人並みはずれた勉強量が他人には「わかりにくさ」として映ったのである。勉強量が破格に多いということは、ちっとも勉強しない連中(自分の周辺の体験だけで自分や他人を判断したがる連中)からすると、このオッサンがどこで何を判断しているのかが、わからない。判断力が発してくる居所がわからない。
 そこでワケシリにこんなことを言う、「いや、ぼくはわかるんだけど、石坂さんのことを他人に伝えるとなると、難しくてね」というふうに。」

居眠りの自分へ、この文章を読んで生まれてきた感情に注意を向け、大切にしたい。もっと勉強しなくては。目の前の出来事自体はフラットで作意も感情もない。それにふれて動く自分の感情を見つめる。

そしたら、校長が、「ひとつには、日本人は日本をベンキョーしない。いまさらながら、これはかなりの難病だ。」というもんだから、踏ん張ろうではないかと意気込む。

さてさて稽古っと。よくもまあこうも、まったく違う登山口からのぼりはじめて巡り会えたものだなあと感慨深くおもった日だった。

ビジネスの硬直化の打破のためであり、いろいろ巡ってここにたどり着いたりで、いまは一緒に、数ヶ月の間バーチャルにできあがった架空の登山道を歩いている。何とも不思議だ。

20世紀のうちに主題は全部現れたと校長が言った。21世紀は方法の時代になるとも校長が言った。そのことを学校でまじまじと体感している。そのことになにかを感じた連中がここに集まっている。

世界を渡り歩くビジネスマンも、山を歩く木こりも、音楽を愛す意匠も、オフィスで働くOLも、その持ち合わせている知識や体験はまったくちがうのだけど、それぞれがそれぞれの無意識に意識的になり、そこから方法を取り出して、いままでにないアイデアを生み出していく道のりを、言語化することの、豊穣さよ。言葉の猛威よ。尤なる日々よ。そういうものはたいがいが、有限なのだ、そこにサビが生まれるんだろうな。祭りの後のあの感じが。トポスフィアだな。

寝る前に、米を研いでいたら、ばっとボールからこぼれた。少しの量にもかかわらず、もったいないとおもった。量の問題ではないのだろう、米がわたしの、わたしたちの生活にどれほどのものなのか想像する。もう一度。目の前の出来事自体はフラット作意も感情もない。それにふれて自分の感情がどう動いたのかを見つめる。そうしたら見えてくる。わたしがどんなわたしで、あのひとはどんなあのひとなのか。どうやら、わたしは米を大切におもうひとのようだ。