10月6日

午前中、市の小学生のサッカーを教える手伝い。といってもボールひらい。おっさんが先導してやるが、子供たちはたのしそうでない。ヒトを教える立場のヒトがこれじゃあなあなんておもいながら、勉強しなあかんと再確認。飼い犬のしつけには、いい飼い犬にするよりいい飼い主にするほうが効果的だという。同じように言えるだろうか。いろいろを放ったらかしにしすぎている。

大津のコメプラザで野菜を買い、大原を越え、京都の北山の住宅地にあるスパイスバザールキョウトへカレー用スパイスを買いに行く。

大原は、京都は左京区にあり、御所からは北東の鬼門に位置する。道中、あたりの山を見ると台風の風で、間伐した山の木々が根からひっくり返って倒れ、めちゃくちゃになっていた。言葉を失う。

中2の頃、テレビで世界貿易センタービルに飛行機がつっこんだときのように、大学生だった頃に、津波が東北を飲み込んだときのように、言葉を失った。

ぼくたちはいろいろを分けすぎた。分けて元々ひとつだったことを、対決させすぎた。自然と生活。仕事と文化。祭と祀。神と仏と鬼。大人と子供。社会とアイデンティティを。男と女。悲しくなって、松岡正剛『擬』を読み直す。