3月26日

やっと気づいた。前から、正剛さんは著書を通して、千夜千冊を通してずっと述べていたのだろうけれど、今夜、千夜千冊のルイス・キャロル『不思議の国のアリス』を読んでやっと気づいた。気付くまでの過程は自転車に乗れるようになるまでのものと似ている。自転車に乗るために何回も何回も転ぶ。転んでいるうちに、ある日突然乗れる日が来る。そんなようにして、ずっと同じ著者の本を読み続けていたら、ある著書の中からある一節に遭遇する。

 

それは、ものごとをみるとき、「なにをもって、なにをみるか」を大切にしているということ。『不思議の国のアリス』をみるとき、著者のキャロルが数学者だということを頭に入れているし。何年にその本が書かれていて、その時の時代背景がどうで、そのひとの交友関係もなにもかもをもって、みている。なにをみるか、だけでは不足している、なにをもってが不足している。

 

夜、松岡正剛『日本数奇』を読む。こりゃおもしろい。おもしろいのだけど、正剛さん本になれていないと少し引っかかる。ムズカシイ。定家や西行が詠むまでもなく、夜の梅はいい。