TOSHI KIDA
ウツロイ
色は匂へど散りぬるを


7月20日

少し前までずっともらうことばかり考えていた。いまは自分からpay forwardしようとおもっている。たとえば、本屋をぶらぶらしていて、あっ、この本あのひとにぴったりだとおもったら手にとってそのひとに持っていくような感じで。そうやって、自分から波を立ててみると、おもしろいように、波が返ってくるし、息を吐いたぶんだけ、空気を吸えるようになる。

 

京大の山極さんのゴリラの話を聞く。ヒトとゴリラが一番違うのは、仲間の不在を受け入れられること。チンパンジーやゴリラは声が聞こえないところに出るとよそ者になってしまう。ヒトはどこかにしばらく行ってかえってきても、家族は家族だ。それを受け入れられるのがヒトだという。それはなぜか。そいつがいなくてもそいつがいる形がある。食器や布団に記憶が、面影がのこっているのだ。ヒトは記憶を外に出した。ヒトには想像力がある。

 

少し、鶴見和子「南方熊楠」を読む。数ヶ月前に読んでいたときは、すこし読みづらいとおもったが、いまはすらすら読める。やはり本にもタイミングや旬はあるし、シチュエーションや自分の状態が深く関わっていることを実感する。機を大切にしたい。

 

それに影響されてか、はたまた、いまのぼくの興味のあることの共通点が微生物だからか、「土と微生物」という本が猛烈に読みたい(今月は我慢して来月には)。「植物の根と、人の内臓は、豊かな微生物生態圏の中で、同じ働き方をしている。」と内容紹介に書かれている。微生物のことを理解するとなにかありそうだ。

 

とおもっていたら、あれなんだっけと、なにかひらめく。松岡正剛「日本という方法」の「ちょっとしたことが季節や風景を変化させている。そこを見失えば、さまざまな機会を逸することが多くなる。それが日本です。」とある。

 

さて、夏がやってきました。