TOSHI KIDA
ウツロイ
色は匂へど散りぬるを


10月19日

よく雨が降る。漠然と本をたくさん読む。あれこれ手を出して、おもしろかったら一気呵成に時間を忘れて読み、つまらなかったらそっと閉じる。そんな日々を積み重ねる。本を読むことは、いろんな種を蒔くようなものだ。播いた種にとって、温度や水気、栄養、…

10月18日

ひさしぶりに晴れ間をみる。朝は穏やかで、まさに秋晴れ。空き家の庭の木を切る。ほったらかしになった木が屋根を覆う。その空き屋の家主は亡くなられていて、遠くに住む甥(といってもおじさん)の依頼によるものだった。なんだかかものかなしい。家の庭の…

10月17日

長い雨がやんだ。 なにかと理由をつけたり、論理的にものごとを考えた結果、正しいから、行動を起こすということが多くなっていて、なんだか息苦しい。「A=B B=C A=C」のように、それが唯一の正解で、正しいからやっていますなんて、もちろんそう考えたほ…

10月16日

長く冷たい雨が降る。とても静かな一日。レイモンド・カーヴァー「大聖堂」を読む。事実は小説より奇なりとはいうが、小説が現実よりリアルを描くこともある。この話のおわりに、「こんなときには、ものを食べることです。」とパン屋の店主はいう。こんなに…

10月15日

大阪で試合のため、久しぶりに電車に乗る。 京都三条大橋のスタバに寄って、スターバックス・リザーブの東ティモールのピーベリーをのむ。スタバは数年ぶりだが、これを飲むためにだけ寄った。豆を選りすぐり、丁寧にお湯の温度を測り、特別な機械で(おそら…

10月14日

未来を具体的に描けるかどうかだとおもいます。そこから逆算して、具体的なステップを描いて、それをやることだとおもいます。

10月13日

なにかを見るには、基準がなくては、ちゃんと見れない。それは大きいのか、小さいのか。なぜ大きいのか。なぜ小さいのか。それを日本では型という。型にはまるというとあかんことの典型的なイメージだけど、型があるから、形を破ってきたともいえる。いまや…

10月12日

社長とランチにいく。会社近くの喫茶店。日替わりメニューをオーダー。オムレツにデミグラスソース。サラダと小皿は竹輪の炊いたん。ごはんと味噌汁とお茶。まとめて、盆の上に。盆じゃないな、プレートに。食後はコーヒーで。和洋折衷。カオス。混沌。ジャ…

10月11日

出勤前に、裏の畑に水をやりに行く。しゃがんで、目線を低くしたら、ホワイトクローバーの種からすこし芽がでていた。ちょっと嬉しい。 寝る前に、松岡正剛『連塾』を読む。 ここ最近のぼくの嗜好を羅列しておく。テレビなし。食べもの大事。日本史ブーム(…

10月10日

うつろいを感じるだけで、その前後にあるうつもうつつも感じとれる。日本の神はマレビトだと折口信夫がいう。日本の方法は超省略の編集だ。うつろいは一瞬で、超微細。アンテナの感度をあげるために、日常にはひらがなや神話があった。 見渡せば花ももみじも…

10月9日

仕事から帰宅して、裏の畑に向かう。土の水分を確認して、水をやる。先日、家の畑を借りて、家庭菜園をはじめた。播いたのは、ホワイトクローバーの種。種をまくと、芽がでるのが楽しみになる。だから毎日畑に出向く。昨今は、即興の娯楽が溢れているが、待…

10月8日

ディランのローリングサンダー・レビューを聞く。Hard rain、Depotees、Idiot Windがお気に入り。ローリングサンダー・レビューは、70年代にボブ・ディランが行ったツアー。当時の音楽が商業的になり過ぎ、それに対して、ライブや即興でディランは演奏した。…

10月7日

型を知ること、そこから型を破ること、未完成にすること。それと、荒むこと。 ということをいま僕は考えている。日本の文化というけれど、そこをすっ飛ばしてはいけない。文化の上澄みだけをすくってこれが日本ですといっているのをぼくは心の底じゃ許せない…

10月6日

「考えて、行動し、また考える。考えることと、体を動かすことは別のようで、つながっている。行動し、手応えがあったからこそ、思いつくことは多い。触ること、手に持ってみること、すこしやってみることでわかるというのは、誰でも経験があるだろう。そう…

10月5日

昨日は、中秋の名月。『徒然草』より、「花は盛りに、月は隅なきをのみ、みるものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情け深し」。月が隠れているときに月を感じ、花が散ったあとや花が蕾のときに花を感じる。「ない」か…

10月4日

イマジネーションやクリエイティビティやセンスは、圧倒的量によって、後天的に身につけことができるのではないかと、正剛さんがこんなに鋭い秘訣を垣間みた。今日も松岡正剛さんの本を読む。 『月刊遊』の特集・相似律では、似ているものだけをとことん集め…

10月3日

昨日の衝撃が残っている。松岡正剛さんの本の衝撃。「いまの日本人は日本のこと知らないんですよ」という言葉が、頭を駆け巡っている。ぼくはこれまで日本のことを知ろうともせずに生きてきたわけだから、たしかに日本のことを知らなくても生きていける。だ…

10月2日

最近は、やっていることやその結果より、そこにたどり着くまでの道、やり方が気になっている。やり方にこそセンスや個性が溶け込んでいるようにおもう。 「結局、仕事ができるやつは、難しいことを一切やらないで、簡単なことをやるから、早いし、きれいにで…

10月1日

10月です。昨日、「新米が出来上がったから、送るわ!」ということを、北九州に住む友人に連絡したら、今日の試合で「点を取る」と返事が来た。今日、携帯で試合速報を見ると、本当に点を取っていた。すぐに連絡すると、「川口能活から直接フリーキックで決…

9月30日

タローさんに、はじめて会ったときに、「スペクテイターって雑誌知ってる?」って聞かれたことを思い出す。スペクテイターはいま唯一ぼくが、購読している雑誌で、あるテーマを掲げ、当事者のインタビューを構成の中心にしている。そのテーマの選択にセンス…

9月29日

昼休みに山で昼寝していると寒い。14時過ぎの太陽は傾いていて、杉の木立の隙間を縫って光が差し込んでくる。 岡倉天心「茶の本」を読み終える。本はページ数より内容ですね。こんなにも短いもののなかにある、茶や禅、道教から、精神性や美意識の連なりを読…

9月28日

いつもどおり、米を炊く。ここ数日、水を切らしていたが、一昨日、山に汲みに行ったので、復活。その水で米を炊くと、米の味がちがう。本当に違う。違うものは違う。蛇口からでてくる水も、山から湧き出てくる水も、同じ水だけど、こうも変わるものか。 昨日…

9月27日

服を反対に着ていた。時間に追われていると、時間に追われていることにすら気がつかない。日常のちょっとした変化を感じとれない。垣根にナズナが生えているのさえ気づかないようではいけないな。時間がないという理由で、なにかをやらなかったり、あきらめ…

9月26日

知り合いから、炭を買う。ちょうど探していたところだった。やりたいことは、具体的であれば具体的なほど、叶うのは間違いない。大なり小なり。今更ながら、そうおもう。なぜなら、アンテナの感度が違うから。たとえば、炭が欲しいとおもっているなら、炭の…

9月25日

石川直樹「すべての装備を知恵に置き換える」を読む。この本が好きだ。タイトルには、知識ではなく知恵を使っている。知恵について、北山耕平訳の「ローリングサンダー」にはこうある。「知の探索が目的とするところは『どうしてそうなるのか』を発見して、…

9月24日

松岡正剛さんが、「私たちの先祖たちは、水を感じたいからこそ枯山水から水を抜いたのです。墨の色を感じたいから、和紙に余白を担ってもらったのです。」といった本のタイトルは、日本という方法。たとえば畑のことを考える。たとえばトマト。どのようにし…

9月23日

ジョージ・ルーカスが、神話のことを知っていたから、スターウォーズは成功した。アップルの開発者が芸術に親しかったからマックが美しいフォントを持ったコンピューターになった。ある分野のことが、別分野で活かせるということを知っているだけで、いまや…

9月22日

音は耳だけで聴いている、のではないらしい。耳は皮膚の敏感な部分が内側に入り込んだという。耳ほど敏感でないにしろ皮膚でも音を聴いている。体全体に耳がある。 食事をするとき、皿の上の料理をみて、においをかぎ、箸で重さを感じ、口に入れて噛み、味わ…

9月21日

一見、かかわりのないぐちゃぐちゃのものがあつまって、調和しているものが好きだ。ジョニ・ミッチェルのHissing of Summer lawnsがいい。「ぐちゃぐちゃ」と「調和」はともすれば、対比しているとみなしがちだけど、「対同」している。辻褄が合っている。そ…

9月20日

鈴木大拙「東洋的な見方」を読む。前に読んでいた本をすこし読み返すと、前とは違うところに、注目する。ソフトウェアが更新されていくように。1.0が1.1というより、1.0が2.0に。インプットとアウトプットの螺旋がぐるぐる。夏から秋に、季節がうつろいでい…