TOSHI KIDA
ウツロイ
色は匂へど散りぬるを


8月8日

Tom waitsのclosing timeを聴く。台風が過ぎる。少し残った雲の隙間から見える、空が青く、その青にみとれる。

 

仕事が終わって、タローさん一家とBBQ。鹿肉と猪肉と、ほぼ自給カレーを食べる。ひと任せにしててもなにもはじまらなくて、結局自分で、自分たちでやりはじめなきゃならぬようだと、いろいろなことが個人の方向に向いているということを、確認しあって帰宅する。自分の時間で自分のお金でやっちゃえばだれもとめやしないということです。

 

帰り道、なんだか明るいとおもって東の方を見ると満月だった。台風の後の澄んだ空の月と川を照らす明かりに惹かれて、おもわず、脇に車を止めて、しばらく月をしばらく眺める。天気が雨や曇りなら、心も陰鬱になるし、晴れているなら、心も陽気になるようにおもう。そんな風な、そんな日本のいろいろを表現している楽曲に最近出会わないから、すこし寂しい。

8月7日

台風のため自宅で待機。台風の風は吹くというより、吸い込まれているよう。ここ最近のいろいろ連打する。

 

スマホの進化の終焉とムーアの法則、個人主義ではない個人の時代、情報が手に入りやすい時代の変わらぬ個人と気付いた個人、Kindleで自費出版、コンデジで4K、野菜の栄養は数十年前の1/6、最先端医療の個人化、病気になる前に治す時代とアンジェリーナ・ジョリー、言葉と民度と鄧小平の時代の虎、筋トレより正しい姿勢・正しい使い方、目に見えるものと見えないものと神話と通過儀礼、21世紀に問われる文化、先延ばしにしたツケと人間関係とフェアでオープンな姿勢、時間の量と質、道に迷うひとの口癖は時間がない、日本文化と何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる、経験や体験に基づいた本業とはまったく関係のない知識を持つひとの時代到来?

 

「常に自分の体験から出発して正直に考えてゆけ—このことは、コペル君!本当に大切なことなんだよ。ここにゴマ化しがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、言ったりしても、みんな嘘になってしまうんだ」吉野源三郎「君たちはどう生きるか」

8月6日

今年一番の暑さだと実感する。台風が九州の南西にいて、ゆっくりと関西に近づいている。畳の上で横になって昼寝をしていたら、窓から入ってくるあたたかい風に起こされた。汗でびっしょりだった。

 

ひとは政治や国に文句を言うけれど、自分のライフスタイル変えようとはおもわない。それは自分の問題を他人のせいにしているように、ぼくには見える。いろいろなことがそうではないかと最近おもっている。だから、ぼくは、小さくても、少しずつでも、疑問に感じたことを、行動に変えていこうとおもっている。なぜなら、国や会社などの組織は、ひとでできているから。ほとんどのことはひとの価値観が問題なのだから。

 

朝から山へ水を汲みに行く。ところで、水の価値を知っていますか?コンビニに売っている500mlのわざわざヨーロッパから持ってきた水が100円なら、山に汲みに行った水はほぼ無料。水なら車で一時間走れば湧いている。豊かな山河の国にぼくたちは住んでいる。「法整備とか経済とかいわなくても、豊かな社会にする方法はいくらでもある。」というメモをぼくは見つけた。ライフスタイルや価値観について考え、行動する。ヨーロッパの水の原価はほぼ無料だけど人件費や輸送費が含まれている。試しに、山に水を汲んで飲んでみればいい。間違いなくおいしいから。

 

さて本日は、広島に原爆投下され72年。ぼくは、戦争が起こった要因はここらあたりにあるとおもっている。友人に戦争ってなんで起こったとおもうって聞いたら、「知らん」て当たり前のように答えが返ってきた。「なぜ戦争が起こったのか」を個人個人で考えることが、ぼくの答えなのに。

 

ぼくたちはひとりひとりが、あらゆることについて自分の頭で考えなければいけないとおもっている。その総合が、価値観となり、社会となるのだから。社会はひとでできている。

8月5日

試合のため大阪に向かう。ひさしぶりに電車に乗る。4人掛けの席に座ると僕以外は見たところ60歳以上のおばさまだった。おばさまたちの話を聞いていると、ちょうど今読んでいる本と同じテーマについて話をしていた。「健康」について。


ぼくは病気というわけではない。ただ、健康であるべきだとおもっているから、医療の最先端ではどうなっているのかという本を読んでいる。そもそもなぜ健康であるべきかというと、楽しく生きたいからだ。

 

風邪をひいたまま楽しみにしていた旅行に行っても楽しくないだろうし、足を引きずりながら山に登ても楽しくないだろう。ということは、健康であるから、いろいろなことが楽しいというのは間違いなさそうだ。順番を間違えてはいけない(気になるようなことが目の前で起こらないとひとは意識しない。失ってはじめて大切さがわかるのだ)。だから僕は真剣に「健康」について考える。

 

アンジェリーナ・ジョリーが乳腺除去施術を行ったのは有名な話だが、そこに至るほとんどのひとが知らない経緯について書かれていたり、現状の健康の最先端のことが書かれている、嘘のような。(信じがたいこと多数なので、気になるようなことがあれば、直接聞いて~)当たり前におもっていることを疑えとぼくが勝手におもっているメンターは言った。手術を決断したアンジェリーナは、「簡単な決断ではなかった。でもどんな健康問題に対しても、それをコントロールし、正面から取り組むことはできます。誰でも助言を聞き、選択肢を知り、自分にとって正しい選択をすることはできるのです。知識は力なのです」と言った。


さて、ただいま能登について予習中。宮本常一とあるいた昭和の日本(あるくみるきく双書)にこうある。「能登杜氏は、越後杜氏、灘杜氏と並ぶ酒造りの出稼ぎ集団である。この集団リーダーになる人は必ずしもオヤッサマの階級ではなく、腕一本で技術をみがき上げてきた耕地をあまり持っていない人々が多かった。(中略)旅先で見た新しいもの、自分たちの村にはない便利なものを持ち帰って村の生活を徐々に変えていった。農業技術の改良も出稼ぎ中の見聞によることが多いといい、家の改良や服装の変化などもその経済的な影響が大きい。停滞しがちな半島社会に活気を吹き込み、また他所者を受け入れるおおらかさも出稼ぎ者の体験によるものだった。」

 

ぼくはそんなひとでありたいとおもっている。実際に、あるいてみてきいたことを話すことを大切にしたい。