読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

TOSHI KIDA
日々の記録


4月11日

最近は4月なのに、梅雨のような日々が続いている。朝起きて、チーズケーキを作った。コーヒーを淹れて食べ合わせる。コーヒーに甘い物は合う。最近は花林糖がいい。それから、スペクテイターのホールアースカタログ特集を読み、レヴィ・ストロースの悲しき熱帯を再び読みはじめた。本には読期があると、松岡正剛は言っていて、僕はこれが好きなのだ。本を読むタイミングが違えば、本の印象もまた違うのではないのか。そういえば、以前友達が、フランス人はあまり好きじゃない、だって、初めて会ったフランス人がうっとおしかったから、といっていた。読書や人との出会いにはタイミングがある。それを縁と呼ぶのだろう。然るべきときに、然るべきことを。

 

 

4月9日

タローさんの家で、コーヒーパーティー。オーストラリア帰りのさかもっちゃんを連れて伊賀のタローさんの家へ。昼過ぎに到着して、家の中に入ると、まだまだ改修中なのだけど、昔の家特有の薄暗さに落ち着いた。ドラム缶をくりぬいたストーブに巻きを入れ、火をつけた。ストーブを囲んで、深夜1時まで男三人で語り合った。スティーブ・ジョブズはガレージでアップルコンピューター一号機を作った。それに習って、大人にも、子どもにも、そういった想像力を喚起するガレージ、または広場が必要だと強くおもった。

4月8日

朝起きて、東へ向かう。玄米を買いに大津に、それから、西へ車を走らせ、鈴鹿山脈で水を汲み、そこから南下して、亀山の商店で、ゴマと花林糖と調味料を買う。いま現在は食べるものを買うことで生活しているが、いつかは、作ることや交換することに置き換えたい。自分たちの目の届く範囲で、自分たちで行いたいものだ。そして買うものは、何かを生み出すものにシフトしたい。

4月7日

今日は雨。朝、目覚めてから、体がふわふわ浮いているような、あるいは、違う体に乗り変わったような。それはなんのせいだろうか。ロバート・フランクの写真集アメリカンズのジャック・ケルアックが書いたプロローグを読んだからかもしれない。YMOイエローマジックオーケストラのSolid State Survivorがスピーカーから流れているからかもしれない。12時間近く寝たからかもしれな、あるいはそれ以外か。まあいいや。コーヒーを丁寧に淹れ、ふわふわするのも、たまにはわるくない。

4月5日

大学生のころにTwitterのサービスが日本ではじまった。サービスの黎明期には、知り合いがいなかったから、僕の使い方といえば、ネット上の知らないひとの気になるつぶやきを頼りにフォローをしていた。いまの主流は、ネット学級のような、友人とのやりとりメインのようだから、僕のそれとはまったく違う。その流れのまま、僕はインスタを使っているから、気になる人をフォローするほうが多いく、あまり知り合い(あまり話さないクラスメート)がいないほうが心地かったりする。変な友人は進んでフォローするけど。

 

それで、その頃フォローしていたひとりが、高校時代に自費でスポンサーを集めてキューバへ旅に行っていた。それでなんとまあ、と田舎の少年は驚いたわけです。そのころの徒歩圏内の知り合いにはそんな人がいなくて。

 

しばらく経って、Twitterを使わなくなっていた。アカウントはまだ生きていて、たまたま覗いたら、その高校生が、大学生になり、アーティストになっていた。これには驚いた。近所で一緒にボールを蹴っていた少年がプロのサッカー選手になったような感覚。高校生の頃から、疑問を行動によって解決していたから、アーティストになってもおかしくはないのだけど(つぶやきによると)。

 

で、何が言いたいのかというと、縁もゆかりもない、ただネット上に存在していた無名の個人が、小さい頃から見守っていたような感覚になるというのが、おもしろい。で、そのアーティストは水曜日のカンパネラというのだけど、彼女は、真面目に楽しんでいる。日本で、真面目と、楽しいを組み合わせるのは難しい。なぜなら、それは相反するものだとみんな信じているから。真面目すぎると息苦しくなるから、バカになって日々を楽しみたいとおもった。「ちょっと外に出かけてくるわ、月を見に」とか言ったりして。

 

なんで、こんなことを思ったのかというと、僕の好きな松岡正剛と水曜日のカンパネラのコムアイ(下のTwitterの高校生)が対談するからだ。水曜日のカンパネラのパフォーマンスを見ていると、バカになって日々を楽しんでいるように見える(本人はなにかの葛藤の中にいるにせよ)、それでいて、松岡正剛を選ぶ(選ばれる)ところに、僕は引っかかった。彼女は真面目なのだ。真面目に楽しく、バカになって日々を楽しむ、あたりが、これからのキーワードになりそうだ。

 

最近テレビを見ていないというより、テレビがないので見れない。どこからか引っ張ってこなければ。久しぶりに楽しみな番組だ。4月15日NHK Eテレ22時からオンエアー。なんか宣伝チックだけど、たぶんおもしろいよ。そうそう今日、水曜日のカンパネラをインスタでフォローした。 

 

4月4日

夜、Grateful deadを聞きながら、練習へ向かう。車の窓を開けて、新芽の匂いのする風を、車内に取り込む。春の夜が好きだ。

 

ひととの出会いには、出会いかたがある。同じ人に出会うとして、こちらがリスペクトしすぎる出会いかたとか、されすぎる出会いかたなんて、僕は嫌いだ。同じひとでも、世間でリスペクトされているひとも、友だちのように、身元や肩書きを知らず語らずに出会えるなら、最高じゃないかとおもった。出会いかたは大事。

 

僕は引き合わせの法則の存在を信じる。コペル君的発想だけど、そう信じている。法則のルールなんて知らなくて、あくまで個人の経験からそう思う。そうじゃないと、考えられないようなことが、事実僕の目の前で起こっているから。

 

南方熊楠は、「世の中には『物』と『心』があって、その二つが結びついたときに『事』が起こる。これはどういう事かというと、目の前にリンゴがあるとする。りんご自体は『物』である。それを私が食べようと思う。これが『心』。そして私は食べるためにりんごを手に取る。これが『事』である。このように、世界には、『物』や『心』は散らばっていて、それらが『縁』によって『事』となり現象として現れてくる。」といった。

 

あほやなあという人もいるかもしれないし、信じる信じないもそのひと次第なんだけど、そう信じる方が楽しいし、そう信じることができれば、ちょっとしたお金とちょっとした勇気があれば、うまくいくのだろう。ふと、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」を思い出した。「常に自分の体験から出発して正直に考えてゆけ—このことは、コペル君!本当に大切なことなんだよ。ここにゴマ化しがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、言ったりしても、みんな嘘になってしまうんだ」

4月3日

くるり「春風」を聴く。京都の大学生だった頃にくるりを知った。同じ大学の出身だから先輩にあたる。縁もゆかりもないけど。くるりを聴くようになったのは、京都に住んでいたというのがひとつの理由だろう。身土不二。ビョークといえばアイスランドのように、くるりといえば京都。音楽の表現方法はたくさんあるけれど(たとえば、DJの出身地がオーストラリアならベースはアボリジニの民族楽器を使ったり)、音楽は、つくるひとの体に流れるミームのようなソフトな遺伝によって(その土地の天候や風土、生まれ育った環境など)、生まれる。どこでなにをするかって超重要だ。

 

仕事後、さかもっちゃんと飯に行く。2日前にオーストラリアから帰国してすぐに連絡があり、近況報告とこれからのことをしゃべる。こういうのはなんだかうれしい。僕は先のことを真剣に話せるひとを大切にしたい。彼を含めそういうひとは希有だ。

4月2日

ラジオからCoccoが流れる。京都の学生時代、御所の近くのKBSホールでくるり主催のみやこ音楽祭というのがあって、そこでCoccoの歌を聞いたのを思い出した。彼女がステージに上がって歌い出した刹那、意識がすべて彼女に向かった。目が惹きつけられるよりも早く。一度気になったものをすぐに忘れられないように、僕の意識もなにかを感じ取って離れない。なにかちがうぞと。Coccoに震え上がった感覚は忘れられないでいる。その場で体験しなければ、わからないことはあって、僕はそれを一番大切にしたい。

 

神戸で試合があって家の近くまで帰ってきた。暗い田んぼ道から下弦の月が西に見えた。ヘッドライトを切り、車から降りて、しばらく空を見上げた。時間は質でできているから、どんなに忙しくても、嫌なことがあっても、楽しくても、一日の中のすっぽりと空いた時間を見つけてひとりで月を見たい。月を見ることによって、月を見ていない時間は間違いなく変わるだろうから。月を見る時間がないなんて嘘だ。

4月1日

大阪でフィリピン留学時代の友人たちと飲む。いまはフィリピン留学の知名度がじょじょに上がってきているが、僕が行った5年前は、なんでフィリピンに、わざわざ英語を勉強しにいくんねん、わけがわからんと言われていた。僕にはそれをひっくり返せるような根拠のある説明はできなかったけど、なぜだか行こうと決めた。

 

誰もがなんでやねんと思っているときに、そんな場所で出会う人は、やっぱりちょっと変わっている。そんな人たちといると楽しいのは、自分が経験したことを、あくまで私見で話すから。これが大事です。テレビで言ってたとか、友人が言ってたとかはいわない。「前行ったラーメン屋が美味しかってん。美味しかってんけど、店名がちょっと・・・」「なんなんですか?」「ラーメン昼ドラ」「・・・」「うまかってんで!」僕はそんな人たちが好きなんです。